さっき

 

 

 

 

 

 

 

 

充電の減りがはやくなった携帯。もうなにもすることがなくなった土曜日。やることがないのか、やりたいことがないのか、それに気付けていないだけなのかなんなのか、そういう細かいことはよく分からないけど、なにも考えたくないことだけは分かっていた。読んでいた本の中の、ひとつめの物語が幕を閉じたので、一息ついて、コーヒーを口に含んだ。甘い。苦いものが甘く感じるとき、それは、その物体のなんらかが変化したのか、それとも僕の中のなにかが違ってしまっているのか、答えは簡単だった。とにかく、もうなにもやることがないので、ひとまずベッドに横になる。枕ではなく、ぬいぐるみに頭を置く。少し身体を傾けると、視界も少しズレた。真ん中はあるけど、カーテンや家具の線が、真ん中ではなくなった。まんなかに、自分の手のひらが見える。指を折り曲げると、中指の爪だけ短くて、先っちょの白い部分が無い。また、手を広げた。特になにも考えてないのに、勝手に手が動く。指も、関節も。そうして、無意識に、爪の長さの感想が出てくる。どうして。無意識とはいえ、しっかり意識の内に入っている気がして、なんだか怖くなった。結局、僕を動かしているのは、僕ではなくて、僕の中の組織の仕組みの方であって、そちらが先に存在しているようで、それが事実かはどうでも良かった。指先から、手首、腕、と目線を下すと、これもまた、無意識にしてしまった自傷行為の痕で黒ずんでいる皮膚だった。行為後、膿んで、かさぶたになって、痒くて、掻いていたら、もう消えない色素に変わってしまって、今までは痕なんて数週間後には消えていたのに。これは、自分の体が灰になるまで一緒なのか。夏までに消えていなければ、それは確証へと変わるが、それが事実かもどうでも良かった。妄想をしよう。好きな人が、僕の腕を、痕を、舐めてくる。今日は曇っていて、眩しくはないけど、空気がじめっとしている。何も言わずに、ただひたすら、ゆっくり、君の粘膜が、僕の腕を駆け巡っていく。口の中で、肉体の破片と唾液が、くっついたり離れたりする音が響いていて、更に空気が浮ついていく。舌先がぬるくて、でも、たまに被さる息はどこか冷たくて、たまに、線と交わるように、縦に這う。

そこは、確かに僕の皮膚で、その下では僕の脈が通っていて、神経が、なんらかの刺激を伝えてくれるはずなのに、僕は、舌先が出たり引っ込んだりする君の姿を処理するのに忙しくて、なにも感じ取れなかった。もちろん、痕が消えるわけでもないのだけど。君は、次第に其処を噛むようになって、上の歯と下の歯が僕の皮膚を摘んでは、優しく力を加えて、離した。硬い。僕の皮膚と、君の口が、透明な糸で繋がれて、とてもよく伸びていたので、僕は、右手の人差し指で、軽く絡め取った。君がこっちを向いたときにはもう、赤く光っていて、ここから見ても、かなり濡れているのがよくわかった。「臭そう」『臭くてもいいでしょ』「うん」『綺麗だよ』という会話をして、僕はまたなにもすることがなくなった。カーテンの一番下が、小刻みに揺れている。風、少し吹いてるのか、と思う。思う。心で?頭で?ややこしい。そんなのこと思わなくたっていいのに。それならもっと、刺激の記憶が欲しかった。温度とか、見た目とかじゃなくて。なにかしたいけど、なにもしたくなくて、なにかしたいんだろうけど、なにかなのかが分からないままで。卵、って、卵っていう名詞、すごいな、人間も、卵、だったら、卵の売買ってあっただろうか。A5ランクだとか、数字で競いあったりするだろうか。今まで履けていたズボンのボタンが止まらなくなって、自分の身体の成長を実感したけど、特にそれ以外の成長は見当たらなくて、中身の肉とか脂肪とかの面積が増えれば、僕の皮膚もそれだけ伸びていくのか、開拓されていくのか、これからの夏をどう生き過ごすか、今からとても不安がっているの、僕の心か、頭か、体なのか、知らなくていいことばかり、知りたくなってしまって、しょーもな。そういえばコーヒー、氷をコップいっぱいに詰めあげて、熱々のコーヒーを注いで、そこが触れたところから氷が力尽きて、どんどん崩れていって、角ばったところが滑らかになっていって、ひしめき合って、熱に抵抗できない感じが、とてもエロかった。今、今だ。ってなった。ぼくが僕を求めいるわけでもないけど、この世界を生きるには、僕が必要な気がした。